スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

森へ帰る。

近所に悪いカラスがいるという噂は母からきいていた。ゴミステ
ーションを荒らしたりそこらじゅうに糞をまきちらす不良カラス
である。じつはぼくもいぜん家の前の舗道で急降下してきたカラ
スに頭をキックされ帽子を奪われたことがある。町内でおきてい
る一連の事件がどのカラスによるものなのかはわからないが町民
はこのカラスのことを<デビル>と呼んでいる。
母からの情報によるとデビルは少し向こうの森に住んでいるのだ
という。どうしてそんなことを知っているのか不思議に思うが母
が言うのだからそうなのだろう。そういえばむかしからみるとカ
ラスは少なくなった。少年のころはカラスの群れを見ると不吉な
予感がして走って家に帰ったものだ。大群はみなどこの森にいる
のだろう?人間もカラスも生きにくい時代だな。

最近、家の向かい側に7階建てのマンションができた。地下鉄乗
降口まで1分ということもあってかどこの部屋もすでに空きがな
いのだという。母はいつも居間の長椅子に座り外を眺めている。
「母さん、あそこにカラスがいるよ。」と言うと、
「ああ、知ってるよ。」と、軽く応える母である。
カラスは新しくできたマンションの屋上にある大きなテレビアン
テナにとまっていた。
「いつもいるんだよあそこに。たまにうちのベランダまで遊びに
くるんだ。」と母は言った。
母の観察力はスゴい。さすが情報通、マニアである。
「あのカラスは最近、結婚したんだよ。ほら、見てごらん!」と
いう母の指の向こうを見るとさっきまで一羽だったのにちゃっか
り二羽になっている。寄り添うようにしてアンテナにとまるツガ
イのカラス。
「あれはたぶんどこかこのへんのお嬢さんだよ、品がいい。」
「そうかなあ、カラスにも品があるのかい?」
「いや、あるんだよ、品。お前にはわからないのかい?あの控え
めな仕草が。」
「控えめな仕草ねえ、、、」

ぼくはあのカラスが一連の犯行の主犯<デビル>だとにらんでい
る。デビルは体格がいい。ほかのカラスより目が鋭くそして俊敏
である。
「あいつはデビルだろ?」と母に訊くと、母は少し考えたような
顔をして首を横にふった。
「、、、違うと思う。デビルは悪いカラスだ。でもね、たとえあ
のカラスがデビルだったとしても、きっともう悪さはしないよ。
家庭をもったんだ。あんなにいいお嬢さんをもらったんだよ。」

夕陽があたる丘の向こうに小さな森が見える。ガタイのいいカラ
スのすこしあとを小さなカラスがついていく。
幸せを抱えた二羽のカラス・・・・・・

森へ帰る。



HOBO
スポンサーサイト

TODO。

久しぶりに会った高校の同級生から「おじいちゃんみたい。」と
言われ打ちひしがれているHOBOであるが、考えてみるとなん
てことはない、そう、ぼくはすでにおじいちゃんと呼ばれてもお
かしくない年齢なのだ。

本気で痩せることをかんがえないと、とくに首回りのサイズが増
え、最近トドのようになってきた。青汁も三日坊主だしウォーキ
ングは四日坊主だった。腹筋は五日坊主で今度なにをやってもき
っと六日坊主だろう。情けない話である。成功は小さな達成の積
み重ねだというのにこれっぽっちの達成もない。飽きっぽいにも
ほどかある。

うまくいかないときだってあるさ。あれもこれもいっぺんにはで
きない。目の前のちいさなことから片付けていこう。あせること
はない。クリスマスもへったくれもない。


TODO

ピカチュウの憂鬱。

3年ほどまえに担当した生徒の母親から電話があり、志望校に入
ったはいいが、部活もやめ、学友ともなじめず最近はほとんど学
校にいかずひきこもっていると母も半べそ状態。いちど会ってア
ドバイスをしてほしいと言われた。アドバイスといってもぼくは
学習の仕方のアドバイスはするがカウンセラーではない。「本人
はいまいるんですか?」ときくと「おります」というので生徒と
電話で話をさせてもらった。2週間ほどまえのことだ。

この生徒のことははっきり覚えていた。ピカチュウみたいな顔を
した頭の良い女の子で中学の成績はオール5だったと記憶してい
る。たあいのないことを話したあとに「友達はできたかい?」と
訊くと、彼女は、「ひとりいたけどいまは、、、」と淋しい声を
だした。「はは~ん、そうか、、、でもね、大丈夫だよ!」とぼ
くが言うと彼女は「ダイジョウブ?って?」と不思議そうにして
いた。

彼女は成績は悪くないので勉強がいやで学校に行かないわけでは
ない。だいたい不登校は外ではなく家庭内、とくに親がその原因
であることが多いのだが今回の場合はそれほど根の深いものでは
ないと思う。それは彼女との会話と彼女の声の色でわかった。親
友との別れがショックだったのだろう。
「手紙を書くから!」というとピカチュウは、
「あ、はい、、、」と応えた。

・・・・・友達なんか追いかけなくていい。ぼくなんかひとりも
いない。笑
いいかい?ヒントはね、大好きなことを、なんでもいいから大好
きなことを見つけ、そのことに熱中してほしいんだ。
読書でもいいよ、音楽鑑賞でもサイクリングでも、なんだってい
いんだ。好きなことをやっていれば、君と同じことを想い、同じ
価値を抱いた友が必ず現れる。
君が君らしく輝けば、君にふさわしい仲間たちが寄ってくると思
う・・・・・

そんなことを手紙に書いた。

きのうピカチュウの母親から手紙のお礼の電話があった。彼女は
頓挫していたピアノをまた習いだしたという。そして学校にも行
き始めたことをきき、小躍りするHOBO。これは、自分自身に
あてた手紙でもある。



HOBO

赤いシャツと秋の青い空。

ぼくは今年の夏、二度も四国に行った。ジョージ・ナカシマの椅
子のことで高松市の工房を訪ねたのだが、その工房のすぐ近くの
道の駅で、ぼくは忘れられない光景を眼にする。

何年かかってもいい、ぼくには店を開くことの他に、もうひとつ
夢がある。旅の途中に撮り貯めた写真で<まざあ>という写真展
をひらくことだ。ほとんどそれは誰も知らない企画であり、解り
得ない自分の中だけの記しでもある。ぼくは、世の中の<母>を
撮りたくて旅をしている。

一度目に高松を訪れたとき、その道の駅で、かなり高齢の母親を
介護する息子さんを見た。息子さんはぼくよりすこし年上の痩せ
た背の高いひとで、母親をおんぶしてトイレまで連れていく。車
椅子に座らせようとしても「いやだ!いやだ!おんぶがいい!」
と言う白髪の小さな母である。息子さんは「わかったよ、」と、
優しく、自分のこころに向かって呟いている。白髪の母親は嬉し
そうに、息子の背の上でお漏らしをした。

二度目に高松を訪れその道の駅に行くと、また同じ場所にその親
子の車があった。どうやらその親子はその車のなかで暮らしてい
るようである。公衆トイレの近くの屋根のついたスペースにいつ
も親子の車があった。二時間おきに母親を背負い身障者用のトイ
レまで母親を運ぶ息子。ぼくにはできぬ行いだ。母親はその日も
車椅子に乗るのを嫌がった。どうやらおんぶも嫌がっているよう
だ。「家に帰りたいよお~、家がいい!帰ろうよお~!」と叫ん
でいる。「母さん、もう家はないんだよ、」と、息子はまた自分
に向かって呟いている。
けっこう車中泊をすることの多いぼくは車中泊の虚しさをよく知
っている。その夜も手回しの携帯ラジオを聴きながら車の天井を
たたく雨の音を聴いていた。寂しい時である。すると雨の音に混
じって、がんっ!がんっ!と、なにか、つぶれるような音がした
。からだを起こし外に目をやると、ずぶ濡れになったさっきの息
子さんがトイレの前に置いてある鉄でできたゴミ箱を思いきり蹴
りあげていた。何度も何度もくりかえし、こんちくしょう!と言
いながら、、、

朝早く起きると息子さんは手洗い場で歯をみがいていた。「お母
さんは?」ときくと「まだ寝ています。」と応えた。「お母さん
が目を覚ましたら写真を一枚だけ撮らせていただけないでしょう
か?」とお願いすると、少し間をおき、まっすぐぼくの目を見な
がら「いいですよ!」と嬉しそうに承諾してくれた。どちらにし
ょうか迷ったが、結局カラーフィルムで撮らせていただくことに
した。それは、お母様の着ていた赤いシャツがあまりにも鮮やか
だったことと、昨日の雨がウソのように、晴れあがった青い秋の
空がそこにあったから、、、、「チズ!」といいシャッターを
きると、息子と母はヒマワリのように笑った。

・・・・車中泊をしても帰る家があり、待つひとがいるぼくは
幸福者。そしてまだぼくの母はボケていない。旅をしていると母
は毎日午後3時になると電話をかけてくる。ぼくがそうしてくれ
と言ったからだ。
「お元気ですか?」と、いつもかけてくる。母はまだぼくのこと
を覚えている。

「しっかりしろよ!」と、いつもぼくは母を叱咤した。それは母
にとってあまりにもきつい叱咤だった。
「どうしてそんなに母さんを責めるんだい?」と、いつも母は顔
を歪めた。
「しっかりしてほしいからだよ母さん!」
強く熱く叱咤するたび、母は泣いた。
ある日、母はこんなことを訊いてきた。
「母さんはなにかお前の役にたっているかい?」
ぼくは言葉を失った。
「当たり前じゃないか!なに言ってるんだよ!」と母に言うと、
母は大きな泪をひとつだけこぼすのだった。すこしでも息子の役
にたちたいという母の想いを、ぼくはないがしろにし、忘れてい
たように思う。すこしでも役にたつ存在であるということが母の
生き甲斐だったのだ。

「まざあ」という写真展をやろうと思う。高松の道の駅で撮らせ
ていただいた痴呆の母。赤いシャツと秋の青い空。ぼくの旅はま
だ終わりそうにないが、いつも午後3時に母の声が聴けるのだ。

「お元気ですか?」、、、か、、、

母さん、あなたはじゅうぶんぼくの役にたっています。じゅうぶ
んすぎるぐらいです、ところで、、、ぼくはあなたの役にたって
いるのでしょうか?



HOBO

どこまで行こう。

とにかく、常に学ぶことを怠らず、志しを高くもって生きていれ
ば、神さまは必ずそれなりの人に会わせてくれる。ぼくはそう思
っているんだ。


HOBO

profile

Mr.HOBO

Mr.HOBO

ちょっと病気をし
凹んでるとき、
ひょんなことから
1974年製のワーゲンを
手にいれた。
車庫で30年も眠っていた
オレンジ色のワーゲン。
命を吹き込んで
一緒に走ろうと思った。

これは
少年HOBOの
ゆる~い日記だ。

最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。