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ぼくの声は枯れている。

 夜泣きが激しいからという理由で幼児を殺してしまった若
い母親のことを書いた週刊誌を見たんだ。しゃべれない子が
泣くのには何か理由があるんだろうな。
 ぼくはどうだったんだろう?母さんはぼくを殺したいとは
思わなかったのだろうか?
 ぼくの声は枯れているんだ。とてもハスキーだ。まだ声帯
ができあがっていない幼児期によく泣く赤ちゃんはハスキー
な声になるということをなにかの本で読んだことがある。き
っとぼくはよく泣く赤ちゃんだったんだ。きっとそうなんだ

 
 ぼくは、身体がうまく動かない母さんに、うまくしゃべれ
ない母さんに、たまにおもらしをする母さんに、煙草をよく
吸う母さんに、腹を立てることがある。おおきな声で怒鳴る
こともある。叩こうとしたこともある。
 倍返しだ!という台詞が流行っている。母はぼくを生かし
くれた。倍返しどころではないぞ。10倍?いや、50倍?
いや、100倍返しでも足りないぞ!愛された分、ちゃんと
返そうと思うんだよ。なっ?そうだろう?
 ぼくの声は枯れているんだよ。


HOBO
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周りに不満を持つ者は自分に不満があるのだろう。

 言いたいことはたくさんあるんですよ。思いやりについて
もっと掘り下げた記事を書きたいし、ノートはもうはち切れ
んばかりです。
 ただ言えることは、自分自身に不安や不満が多いと、批判
的な文章になるんですね。世界には時間がたくさんあるのに、
ぼくのように時間が足りない世界もある。皮肉ですねえ。

HOBO

学べるチャンス。

 レンタルビデオショップの2階が空いたので、オーナーに
お願いしてゲームセンターをやらせてもらった。もう20年
以上も前の話である。
 ある日、学校帰りに寄って遊んでいた小学生がゲーム機の
中から景品を盗み出すという事件が起きた。まあ、事件とい
うほど事件じゃないが事件である。
 ぼくは警察には連絡することはせず、子供の親を事務所に
呼ぶことにした。4、5人の子供の親たちが事務所に来たの
だが、申し訳ありません!と頭を下げる者もいれば、こんな
所にこんな施設を作るから悪い!と、子供のいる前で椅子を
蹴り上げる母親もいた。
 なにかミスをしたり過ちを犯したときなどは何かを学ぶ、
また、教えるチャンスなのに、この母親は子供に悪いことを
しても他人や周りのせいにしなさいと教えたのだ。

 今日の新聞に、刃物を持って強盗をしている犯人の映像か
なにかを、ツイッターかなにかに投稿した人の記事が載って
いた。きゃ〜とか、奇声を発する前にカメラを向ける冷静な
傍観者がいる。とんでもない時代だ!と怒りをあらわにする
人のコメントが寄せられていた。ツイッターなんて無くした
ほうがいいんだ!とか、
 時代がちがうというが、戦後もう何十年も経つのだから当
たり前のことで、すくなくともこの場合、ツイッターが悪い
のではない。ツイッターをやっているひとがみんな無責任な
傍観者だとも思わない。しかしだ、ひとのこころはずいぶん
変わったのかな、とは思う。周りの進歩とは逆に、幼稚な人
間が増えたように感じるのだが、それは勘違いだろうか?


 ぼくの行っている車屋はとても不親切だ。呆れてしまうほ
ど無責任なスタッフがいる。
 先日、ぼくは割れてしまったドアミラーの修理を依頼した
のだが、修理といってもじつは部品をただ交換をするだけで、
壊れた部品を新しい部品に付け替えるだけの作業のようだ。
「終わりましたっ!」なんて元気のいい声を出すスタッフだ
が、この男、じつに無責任である。
 付け替えた新品のドアミラー。素敵じゃないの!しかし、
動かしてみると電動の具合がよろしくなく倒れたり起き上が
ったりしないのだ。
「これ、動かないの?」
と、スタッフに訊くと、
「そこまでは、わかりません。」
みたいなことを言う。
カティ〜ン!とくるでしょ?
 自分はちゃんと部品交換はしましたよ、というのが彼の主
張。普通、直したあとのチェックはするでしょう。そこは部
品交換屋と修理屋の違いか。いや、それはちがう。心臓外科
医が心臓の手術をし、「心臓の交換はしました。あと、動く
かどうかはわかりません。」とは言わないでしょう!そんな
ことを例にあげて説明しても、スタッフは、「それとこれと
は違うでしょう?」みたいなことを言う。どこが違う?同じ
だと思うが。
 要するに、このスタッフがどういう気持ちで仕事をしてい
るのか、ということだ。もしもかれが、少しでも安くあがる
ようにやってあげたい、とか、お客さんの喜ぶ顔が見たい、
とか、そんな気持ちを持って仕事をしていたら、こんなこと
は起きないと思うな。ミラーを交換するまえに、ちょっとし
た修理で直らないものなのか?部品交換したときに、たとえ
ばココはどうだろう?ココをこうすればもっと良くならない
ものか?どうしてそれを客に提案をしないのだろう?仕事に
思いやりが無い。
 時代が違うとか、不景気だとか、たしかにそうだが決して
それだけではないぞ。仕事に携わるスタッフの心持ちひとつ
で、不景気なんて乗り越えられるさ。ひとのこころの真ん中
に、決してブレない想いがあるか?仕事ができるんだ。生き
ているんだ。素敵じゃないの!感謝の念が足りないんだよ。
 ミス、過ち、よれよれになったこころ、素敵じゃないの!
こころはね、入れ替えるより修理したほうがいい。ちゃんと
修理が効くんだよ。学べるチャンスだと思うよ。


HOBO

インディゴ時代。

 ジーンズはなるべく洗濯しないみたいなことをいう人がいる
ようですがそれは間違った認識だと思いますねえ。ファッショ
ン雑誌なんかでもそんなことを書いていたりするものですから
無断で息子のジーンズを洗濯してこっぴどく叱られた、なんて
母親も少なくないようです。
 要するに本当にいい色のジーンズというのは天然のインディ
ゴを使っていたころのジーンズのことをいいます。とてもマニ
アックな話になるのであえて語ることをしませんが、リーバイ
スにしてもリーにしてもラングラーにしても60年代の後半ぐ
らいまでの作品にはかなりいいものがありました。それは化学
染料を使う前の作品のことですので、いまはもう程度のいい中
古を探すしかありません。
 ジーンズを縫っているあのオレンジ色の糸のことなんですが
ね、あれは時代が古くなればなるほど綿糸を使っています。だ
から洗うたびに糸まで色がおちていき、オーラが漂うのです。
それは素晴らしいタタズマイですよ。しかし、時代が新しくな
ると糸が綿とポリエステルの混合になったり、オールポリエス
テルになったり、洗っても糸だけが逆に目立ってしまうのです。
ポリのほうが強いんですけどね。
 最近はヴィンテージをうまく復刻したレプリカが出回ってい
ますが、じつはそのレプリカの実力はそうとうなもの。現行の
501なんかを履くぐらいならレプリカのほうがずっといい色
落ちが望めたりしますよ。ちなみにぼくはステージに上がると
きはヴィンテージを履きますが、それ以外はフルカウントのジ
ーンズを履いています。デニムの厚さだとか腰回りのカタチが
いちばん当時の501に近いように思うからです。
 洗濯の話に戻りますが、セルビッチやスソの当たりをうまく
出そうと思ってもインディゴ染めの当時モノのようにはいかな
いことは理解するべきだと思います。確かに、化学染料のジー
ンズを普通に洗剤をいれて普通に洗濯すると、全体的に色が落
ち過ぎてのっぺりとした味気のない顔つきになります。天然イ
ンディゴはメリハリのある色の落ちかたをしますが化学染料は
均一できれいな色落ちになるといったほうが正しいのかもしれ
ません。だからいつまでも洗濯をしないで2年に一度の洗濯と
か、そんな馬鹿げたことを考えるのだと思いますが。当時の人
たちは普通に洗濯をしていたはずですし、第一、不潔です。た
だ、ここが重要、デニムの表面の毛羽立ちがなくなるぐらいま
では、なるべく汚さずに我慢して洗わずに履いたほうが染料の
定着度がちがうようです。

 リーバイスにはXX以外にも名作があります。例えば、501
501、501A、501s、など、インディゴ時代の強者ですよ。
いま考えれば646なんていうのもいいかも知れませんねオレ
ンジタグの。
 どちらにせよ、雑菌のうようよいる不潔なジーンズは危険で
す。いい色のジーンズが履きたいのなら、高くてもインディゴ
時代のリーバイスを探しましょう。モノがちがいます。


HOBO

行列のできっこない街の珈琲や。

DSCN0824.jpg

 考えてみれば僕のようにいつも日本中の色んな街にいて色
んな喫茶店を巡ることのできる人間、あんまりいないんだろ
うな。
 この前行きつけの焼き鳥屋のマスターが、
「HOBOさん、喫茶店の本でも出せばいいのに、自費出版。」
そんなことを言う。
 ふむふむ、本ねえ、、、

 「本の出版なんて特別なことじゃないから、、、」
と僕が言うと、
「あるんですか?出したこと」
と、マスター。
「ないですよ、そんなもん。記事を書くということは僕にと
って特別じゃないって意味ですよ。」



『行列のできっこない街の珈琲や』
本のタイトルはこれだろうな。
店の紹介文のような普通の内容にはしないで、もっとロマン
ティックなエッセイのようなもの。一貫したテーマのあるエ
ッセイがいい。
 文章は苦しみながら書くものではない。物語はもうすでに
僕の頭の中にあるのだから。
 入れるのは店の名前だけにして、あくまでも僕のフィルタ
ーを通してそこの店主の人間に触れてみたい。チェーン展開
された大手の店には無いこころの会話、空間の会話。街の珈
琲や。


 妄想は膨らんだら止まらない。おっと、悪いクセ。
「マスター?自分の店をやることのほうが先ですよ、本なん
て出すカネあるなら焙煎機でも買いますって!」
マスターは、
「そうだね。」
と、笑った。



HOBO

わかんない2。

 ぼくの住んでいるマンションの理事会で、「なにかご意見
ありますか?」ときかれたのでちょっとご意見しちゃった。
「まあ、意見はたくさんあるんですがね、、、」
みたいな感じで、
 ぼくのマンションの広告板には〈無断チラシ投入禁止!〉
と印刷したポスターのようなものが貼ってある。これは以前
、住人からの苦情を理事会が問題にし、とった対策法だ。ぼ
くは意見を求められたので、そのポスターを指さし、こう言
った。
「ここにポスターが貼ってあるのに、いっこうにチラシの無
断投入が減っていませんよね?チラシの連絡先を見て業者を
割り出し、苦情をいれないと駄目だと思いますよ。なぜ、そ
うしないのですか?チェックできない禁止事項なら止めたほ
うがいい」
理事長や他の理事たちは顔を見合わせて、「ああ、まあ」み
たいにぼくをなだめる始末。
「地域の業者さんですから、お互い仲良くおつきあいするこ
とも大切ですので慎重に検討し、もうすこし様子をみるとい
うことでいかがでしょうか?」
そんなことを理事長が言うと、他の理事たちは「そ、そうで
すねえ」みたいなことを言いながらお互いの顔を見ながらう
なづいている。
 まったく呆れたもんだ。カタチだけの理事会、カタチだけ
の論議。わざわざ寿司屋の応接間で毎月、定例理事会みたい
な名目で住人の管理費の一部が使われている。理事長は鼻の
てっぺんを赤くして、みんなに持ち上げられていい気分だ。
「いい気なもんですねえ、何が理事会ですか?みなさんはど
うか知りませんがねえ、こんな会議ならやらないほうがいい
と思います。問題にしますよ?」
ぼくはそう言って寿司屋をあとにした。
イメージ••••やくざ風のクレーマー。

 ぼくは変わり者で通っている。みんなと仲良くやっていけ
ない変人なんだそうだ。はっきりものは言うしお世辞も言え
ない社会生活不適合者らしい。上等じゃないの、社会生活不
適合者。不適合で結構、そんなんと適合したくないっちゅう
の!


HOBO

わかんない。

 自分の意見を言えないひとは幸福にはなれない、おれはそ
う思っている。周りのことばかり気にして、言いたいことも
我慢して嫌われることもなく好かれることもなく、ただ紛れ
て生きる、なんてつまんない生き方なんだ。でも、人は人、
色んなひとがいるんだからしょうがない。
 くだらない人間関係ばかりだと思う。それを最も大切なも
のとして生きているのだから、考え方がちがっている。

 〈斉藤さん〉のようなひとは嫌われるのだろうな。大人は
はっきりものを言うべきではないのだろうか?そこのところ
を話し合おうとしてもそこにはがんとした壁がある。どこの
誰だかわからないひとと簡単にコミュニケーションをとるく
せに、大切なことから逃げようとする。めんどうなことにな
るのがイヤなんだろうが、それじゃあ「うざい!」と言って
核心から逃げている子供と同じじゃないの。軽くてソフトな
時代なんだろうが人の痛みに鈍感な人間ばかりだと思わない
か?腹に文句を抱えているのに仲のいいふりができる友だち
なんかいらないんだよ。嫌われてもいいという覚悟のうえで、
なぜ友だちに厳しい意見ができないのだ?親しき仲にも礼儀
なんかないんだよ。ことわざを考えたやつは立派なひとなん
だろうか?ことわざなんかいちばん半端なやつが考えるんだ
よ。傷つくことから逃げていたら優しくなんかなれないぞ。
きみはどうして幸福の上限を作るんだい?だから苦しみの度
合いだって勝手に決めてしまうんだよ。きみはどうして泣い
ているところを見せないんだい?そんなに恥ずかしいか?ひ
とに本心を見せるのがそんなに恥ずかしいか?嫌われもしな
い、好かれもしない、、、、、
わかんないんだよ、おれ。


HOBO

ぼくにはぼくの時間が流れている。

 きっと、ぼくにはぼくの時間が流れていて、誰かを想うこ
とや、ときには後悔したり恨んだりすることもちゃんとした
流れのなかにある。腰かけているのはどこにでもあるパイプ
でできた椅子でぼくの好きな緑色の椅子ではないのだ。ぼく
を選ぼうとしないやつになにがわかる?とんでもない事件を
抱えているぼくはちゃんと流れに沿っている。ぼくにはぼく
の時間が流れている。

 もともと歌はたったひとりのために唄うもの。告白は罪人
の特権ではない。喜びも苦しみもときには優しさという乱暴
に等しく、みょうに沁みる。
 自分のために、そして誰かのために、みんなのためにだな
んて嘘をつくな。歌はたったひとりのために唄うもの。ぼく
にはぼくの時間が流れている。


HOBO

高倉健とG-9。

 高倉健主演の〈あなたへ〉を観ました。内容については、
ああ、こんなもんなんだろうなあっていう感じでしょうか。
途中で北野武が車上荒らしかなんかの役で出演していまし
たが、申し訳ないですがぼくにはどうしても蛭子能収にし
か見えません。天才北野とか言われているようですがどう
なんでしょう。
 高倉さんのファッションセンスにはいつも驚きますね。
かれは日本のスティーブ•マックイーンなんだと思います。
バラクーダのG-9をあれだけすんなり着こなせるのはおそ
らく高倉健だけでしょう。身体のバランスがいいというか、
軍パンなんかも平気で履きこなすんですね。〈幸福の黄色
いハンカチ〉ではG-1のような革ジャンを着てましたし、
〈ホタル〉かなんかではM-65、A-2なんかもなにかの映
画で着ているのを観たことがあります。必ずパンツは軍パ
ンかチノ。キャップを目深にかぶるんですよね。

 押し入れの奥から1970年代のバラクーダG-9を久々
に出して着てみたんですよ。がびーん!どうみても競馬場
で見かけるオジさんのイメージなんですよ。G-9にしても
ドリズラーにしても、むずかしいなあ。ピーコートだとか
ダッフルだとかであればなんとかなるんですがね、ジャン
パーはむずかしい。そう思いますねえ。すこし走り込んで
シャープを目指さないと。〈あなたへ〉観てみるといい、
高倉健はスティーブ•マックイーンよりカッコいいと思い
ます。似通ったファッションセンスなんですが、なんとい
うか。

HOBO

身体はひとつ。

DSCN0515.jpg

 本州に行ってばかりいるのでビートルは車庫のなかでしょ
ぼくれていますよ。クラッチワイヤーが切れたまま。人間で
いえばアキレスけんがやられちまったわけですからね、放置
されたらそりゃあ文句のひとつも言いたくなりますよ。
 この1200スタンダードというモデルはある意味、通と
いうか、わかってるヤツが好むモデルなんですよ。ぼくは以
前、高年式モデル、いわゆる1965ー1978年までのモ
デルが大嫌いだったんですがね、オーバルだとか古いのを乗
り継いで、いまはすっかり高年式ファン。でも1975年以
降は駄目かなあ。この廉価版というか装飾の何も無いスタン
ダードは本当に通好み。ぼくが通だと言っているわけではあ
りませんよ。笑。よりによってこのブリリアントオレンジと
いう色。とてもチープでありながらスタンダードに似合う色
だと感心します。
 1966年のタイプ3ファストバックも仕上げて乗りたい
し、でも歳をとってからファストバック、6ボルトのまま乗
るなんてなんてステキなんだろう。ノッチもバリアントも乗
りましたがね、やはりファストバックのあの後ろから見たタ
タズマイはやぼったくてとてもカッコいい。不格好でいいん
ですよ。
 悩みは自分の身体がひとつしかないということ。税金のこ
と。何台所有しても身体がひとつだと乗れないんですね。あ
る意味、このスタンダードは〈あがりの1台〉にふさわしい
身の丈なんだとも思いますよ。

 と言ってもじつはですね、いろいろ見てきましたが、ビー
トルのいちばん美しいフォルムというか実用バランスを見る
と、1958ー1964年までのUSモデルがいいのかなと思
っています。パールホワイトの程度のいいのがあれば買うか
も知れません。身体はひとつしかないんですがね。困ったも
のです。


HOBO

profile

Mr.HOBO

ちょっと病気をし
凹んでるとき、
ひょんなことから
1974年製のワーゲンを
手にいれた。
車庫で30年も眠っていた
オレンジ色のワーゲン。
命を吹き込んで
一緒に走ろうと思った。

これは
少年HOBOの
ゆる~い日記だ。

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