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しらふ。

いま船の中。
どうして大人は集まると酒を飲むのだろう?赤い顔してみんな飲
めや唄えやですよ。大嫌いだなこういうの。


HOBO
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ニトロセルロースラッカー。

どこの家具工房に行っても今はだいたいオイル塗装。なんかつま
んないな。どうも安っぽい。楽器と一緒だとは思わないが、ぼく
の好きなギブソンやマーチンのヴィンテージはラッカー塗装だ。
時を経て傷つき塗装は剥がれ変色し風合いが増し貫禄がつくのも
ラッカー塗装の特徴である。しかし、外気の影響を受けやすいの
で扱いはむずかしい。いっぽう、安価なポリエステル塗装のギタ
ーはいつまでも新品のようだが音が育たない。手入れを怠った人
間もそうだか、生きっぱなしはよくないと思う。顔にできた泣き
笑いのシワや失敗のあとも風格に変わるのだ。ちゃんと育った人
間は傷を隠さない。

ラッカー塗装の家具は安物という考えは正しいのだろうか?ラッ
カーの認識が違うのではなかろうか?ウレタンとかオイルではな
いニトロセルロースラッカーで塗装された家具は邪道なのか?ぼ
くにはわからない。ただ、ラッカーが痩せてきて木目のあとがく
っきりでたサンバーストカラーのギブソンはかなりいい。家具の
世界で今の主流がオイル塗装だというのならあえてそれを取り入
れる気にはなれないな。いつまでも新品がいいなら傷つかない生
き方を選択すればいい。ラッカー塗装しかやらないという家具職
人はいるのだろうか?「いないと思いますよ。」あ、そうですか

ラッカー塗装の家具はダメだなんて、そんなことをいう職人は勉
強が足りないんだよ。椅子を作ったこともないぼくがいうんだか
らまちがいないんだ。めちゃくちゃだろ?いいんだよそれで。
がははは。


HOBO

『大喜・根塚店』

富山市に行くことがあったら『大喜・根塚店』にいってみるとい
い。ホンモノ好きなひとはここのラーメンを食べるためにわざわ
ざ富山までくるのだという。富山ブラックのチェーン店『大喜』
とはちがうのでご注意を。

メニューはチャーシュー麺のみ。もちろん醤油しかない。サイズ
が大と小があり小が普通の量。あとはライス。そしてなぜかサイ
ダーがある。あっさりしたメニューが店の入り口にはってありテ
ーブルの上には箸だけ。メニューも胡椒もテッシュもなにもない
のだからスバラシイ。

チェーン店の『大喜』とは暖簾の分かれかたがちがうようで『大
喜・根塚店』以外の『大喜』はメンマもチャーシューもスープも
めまいがするほどしょっぱい。アルバイトがマニュアル通りやる
仕事に感動などあるはずがないというところか。『大喜・根塚店
』の厨房にはちゃんと主人が立っていた。そしてすぐ息子だとわ
かる弟子が確実なサポートをする。気の入りかたがちがうのだ。
馴れ合いの空気を決して作らないここの主人の厳しさはそうとう
なもの。侍のような眼をしている。たくさんのメニューからチョ
イスさせるサービスをせず、これしかない!という入魂のサービ
スを見た。さすがだ。これは旨い!

ちなみに
小 800円
大 1200円
ライス 200円

自分の店を愛してくれる、それは自分自身を愛してもらうのと同
じだ。愛されたらそれよりもっと愛してあげよう。ここの主人は
そんな気持ちで毎日、もう50年もやっている。客に媚びること
なく。



HOBO

椅子探しと旅の終わりに。

古いジャズが流れる店のカウンターに似合う椅子はどんなんだろ
う?アメリカンスタイルを貫いてきた俺である。今さら北欧家具
もあるまい。ミッドセンチェリースタイルもちょっと違うし、英
国のウィンザーチェア、スモーカー・ボゥあたりがいいんだろう
けどなんか線が細い。

いい椅子を探そうとしたら迷うな。なにがいちばん似合うのか、
そこからずれちゃいけない。腕のいい職人ならわんさといる。趣
味のあうセンスのいい職人を探すことが大切だな。おおきな家具
屋だと職人との距離がありすぎる。どんな椅子にしよう?彦根市
にいって京都にもどり、敦賀港から船に乗る。


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凸凹の影と思いやりのケンカ。

コンビニの駐車場で老人同士のケンカをみた。自分の親と同じく
らいの酔っぱらい老人だ。
「この老いぼれめが!お前みたいなやつは生きてるだけではずか
しい、えいっ!こうしてやる!おいっ!なんとか言えよ!お前は
いつもやられっぱなし、根性無し!おい、何とか言え!」
身体の小さいほうの男が大きいほうの男を押し倒し馬乗りになっ
て何度もビンタをしている。大きいほうの男は顔をゆがめ、「う
ぉおうぉお」と泣いた。
「いいかげんにしろよ父さん!」
ぼくは馬乗りになっている小さいほうの男の肩に手を当て顔を見
ると彼も泣いていた。
「ちぇ!こいつはいつもこうなんだ!やられてばかりだ!この弱
虫め、チキショー!」小さいほうの老人は立ち上がりバス停のほ
うに歩いて行った。やられっぱなしの老人はまだ起き上がること
をせずただ上着の袖に顔をあてて「うぉおうぉお」と泣いた。

コンビニの横の本屋で買い物をし並木通りを走っていると、さっ
きの老人が肩を組んで歩いていた。ぼくのクルマまで聴こえてき
そうな笑い声。雨上がりの歩道に素敵な絵があった。

思いやりのケンカなどありえないと思うのは少し淋しいな。いが
みあってののしりあって、かけひきをし、今もどこかの国で戦車
や戦闘機がいばっている。くしゃくしゃになったドロドロの戦闘
服のそでに顔をあててうぉおうぉおと泣きながら死んでいく兵士
だっているのだろう。いまこの時代に、思考をもった人間同士が
武器をもって泣いている。うぉおうぉおと泣いている。思いやり
や叱咤のケンカならまだいい。
並木通りを笑いながら千鳥足で歩く凸凹の影を、ぼくは、クルマ
を停めてしばらく眺めていた。



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いばって歩くオンドリ。

毎回、旅をするごとに、必ず痩せこけて帰るんだと誓うアタシで
あるが、また見事にそれは失敗に終わりそうである。夢を叶える
んだと、自分の店を持つんだと、偉そうなことを言っても、自分
の命にかかわるカロリーコントロールさえできない、まったくも
って意志の弱い男である。最低の最低の最低なのだ。

アタシは心まで醜く肥えたやつを<いばって歩くオンドリ>と呼
んでいる。いばって歩くオンドリは腹をつき出すようにぴょこぴ
ょこ歩く。その姿は滑稽を通りこして小突いてやりたいほどた。

レストランに入ろうとすると中からオンドリが爪楊枝をくわえな
がら「あー、食った食ったあ!」と言いながら腹をつきだして出
てくる。ダブついたアゴ、なんて醜い姿なんだ!そんな醜いオン
ドリとすれちがったのだからやめればいいのに、今ならやめれる
のにレストランの席につきメニューを眺めるアタシ。最低の最低
の最低なのだ。

アタシは自分の大切なひとにウソをつくことはできない。「こん
なに食ってばかりいるんです!笑ってやってください!」と突発
的にメールをしたりする。から回る更新の早すぎるブログも文字
と心のバランスが崩れている。明日こそ痩せこけてやろう!いつ
もそう誓って眠るアタシであるが、

最低の最低の最低である。アタシはいばって歩くオンドリ。
オー・ヘンリーなんかじゃないんだ。
最低。



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鬼無里の朝。

長野の鬼無里で十割りの蕎麦を食べたがかなり旨かった。山菜の
かき揚げがついてきて、ちゃんと蕎麦のニオイがするホンモノを
久々にいただきホントにありがとう。

いいか悪いか、それはどれだけ感動したかということだ。食べ物
だって家具だろうがなんだって同じだと思う。安いからこんなも
んだろうとか、こんなに高いのにこれはないだろうとか、良し悪
しの判断基準をプライスにもってくるひとが多いが、そういうひ
とにかぎって「よっ!大金持ち!」とか、そんなふうに冷やかし
たりする。いいか悪いかはどれだけ感動したか?ということ、感
動の基準はプライスではない。感動しながら食事ができた鬼無里
の朝である。

きのう古本屋で、オー・ヘンリーの短編集を買ってきた。100
円だった。ボクは中学のときに泣きながら読んだこの<最後の一
葉>を再読し、また、泣いた。



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マスターが錆びちゃった。

長野市にあるお気に入りの喫茶店がずっと閉まっているという話
を書いたことがある。マスターの体調はその後どうなのか?さっ
き行ってみたら開いていた。

入ってみるとカウンターの中に見たことのないお兄ちゃんが。見
渡すと壁のいたるところに<ケーキセット>だとか<モーニング
始めました!>とか、マスターのニオイはすっかり消えていた。
アルバイトのオバサンがお兄ちゃんにアゴで使われていて、ミネ
ルバのミルが寂しそう。ああ!マスターはもういないんだな。

オバサンにきいてみると、マスターは焙煎とブレンドは毎朝しに
きているそうで、「コーヒーのいれかたはまだ上手じゃなくてご
めんなさい。いま修行中なの!」と、そんなことを言う。しかし
まあそれにしても、これじゃあ駄目だ。ぼくが長野に住んでいた
ら引き継いでもいいぐらい根性の入った店だったが、マスターの
根性がすでにふにゃちんならしょうがない。しっかりしてくれよ
な、マスター!

長野には行きたい喫茶店がなくなった。たぶんもう来ることはな
いだろう街にサヨナラを告げ金沢に行こうと思う。そして今回の
旅を終らせよう。ファーストフード店のようになってしまった喫
茶店の裏にマスターご自慢の赤い自転車があった。サドルポスト
が赤く錆びていた。まえはそうじゃなかったのに、、、。


HOBO

ぬいぐるみを着た過疎の町。

サッカーW杯、試合後にゴミ拾いをする日本人サポーターに対し
、世界中から賛辞が贈られているという話を新聞で読んだ。それ
に対し中国メディアは、「民度の高い国は尊敬に値する、政治は
さておき学ぶべき点が多々ある。」などと言っているらしい。

八王子から長野にいく途中、なんだかという小さな町で食事をし
た。それからコンビニに寄ってそのあとガソリンスタンドに寄っ
た。田舎はキライではない俺だが田舎者と呼ばれるのはいい気は
しない。田舎に住んでいるから田舎者なのか、田舎者の行動が町
を田舎にしてしまうのか、過疎の町に住むひとは本気で考えたほ
うがいいぞ。まったりするのもいいかげんにしないと。

「いらっしゃい!」や「ありがとう!」ぐらい言おうじゃないの
。おそらく誰が悪いわけじゃなく、そう育ったからそうなんだろ
うが、それでなんとかなっているから向上意欲がもてないんだろ
うな。責任だとか感謝の気持ちは行動に表れるんだ。この町の若
者は老人のようだ。老人のぬいぐるみを着たゆるキャラだ。中国
のメディアはおかしなことを言う。学ぶべき点があっても変わら
ないだろう。俺たちはガキのころからそれを学んでいる。<それ
>とは、当たり前のことをいう。ゴミを拾うのは当たり前。当た
り前を取り戻さなければ、過疎はすすむばかりだろうな。


HOBO

いいわけはチャンス。

なにかをやろうとするとき、いいわけばかりじゃ進まないな。今
はおカネがないとか、時間がないとか、できないやつはいつもそ
んないいわけばかりしている。おカネがないから頑張るんだし、
時間が欲しいから時間をつくる努力をするんだ。要するに、いつ
もの断り文句がじつは踏み出すチャンスだったりする。

おれは時間もカネもない。だから頑張っている。


HOBO

profile

Mr.HOBO

Mr.HOBO

ちょっと病気をし
凹んでるとき、
ひょんなことから
1974年製のワーゲンを
手にいれた。
車庫で30年も眠っていた
オレンジ色のワーゲン。
命を吹き込んで
一緒に走ろうと思った。

これは
少年HOBOの
ゆる~い日記だ。

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