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なんでもいい。

 むかし僕がアパレル業界にいたころの話なので、もう25
年もまえのことである。3年間の短い期間であったが僕には
とてもむいている仕事だった。立ちっぱなしの一日で、足は
ぱんぱん、好きな服があれば社販買いでどんどん取り置き。
給料日がいちばんツライ。そんな暮らしだった。

 当時、ケミカルウォッシュのジーンズが大流行で、各メー
カー、とくに〈E社〉のジーンズ上下が飛ぶように売れた。
客はまずジーンズを決めその次それに合わせてGジャンも買
う。まだ景気がよかった時代なのか、とにかくケミカルウォ
ッシュのジーンズ上下が売れたのだ。
 その後、映画〈トップガン〉の影響からか、フライトジャ
ケットが売れた。とくに黒いMA-1のワッペン付きは大ヒッ
ト。街中がトムクルーズだらけ、日本中トレンディドラマ。
ワンレン、ボディコンもその時代だった。

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 久しぶりに大通の珈琲屋でトーストをかじりながら油を売
っていると、周りにいる人たちがなにかこう得体の知れない
人たちに思えてきて、ふと外に眼をやると、そこにもかしこ
にも。街中がスマホの奴隷になっている。
 まず、スマホ、とりあえずスマホ、そしてスマホ。あのこ
ろはケミカルジーンズだが今はスマホ、街中がスマホ。僕の
横にいるカップルも話もせずお互いスマホを眺めている。じ
つはドコモからiフォンが出たとき僕も考えたが替えなくてよ
かった。できれば携帯電話も解約しようかと思っているぐら
いだ。なんか変だ。かなり変なのだ。

 流行というものは必ず廃れるときがくる。僕はだいたいそ
のタイミングを知っていて、今まではほとんど例外なくそう
なっていた。流行の末期には特徴があるのだ。ただスマホの
場合、流行がスタンダードになりつつあるのでそれが当ては
まるかどうかはわからない。
 ふりかえってみるとわかると思うが、流行の終わりには特
徴がある。気にさわった人がおられたら申し訳ないが、おじ
さんとおばさん、最後に子供たちに流行が及ぶとそれは末期
だということ。だいたいそのあとすこしで流行らなくなる。
そしてまた次の波に乗ろうとするのだから、なんでもいい人
と言われてもしょうがない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 なんでもいい、、、この発想がいちばん駄目。流行モノを
探すのではなく、見極める眼を持つことだ。洋服を選ぶのも
政治家を選ぶのも〈なぜ?〉という理由が必要なんだと思う。
他人のせいにする癖はやめたほうがいいぞ。今この国の基盤
を作るのは僕たち国民だ。政治家を選んだのは僕たちなのだ。
もっもっと見極める眼を持つことだ。そのためにはもっと勉
強すべきだと思う。
「誰がやってもそんなに変わらないから、、、」
そんなことはないぞ!それはなんでもいい、という考え方と
同じじゃないか!なんでもいいじゃ駄目なんだよ!

 スマホでできることよりもっと楽しいことがあるはずだが
それを知りたいとは思わないか?


HOBO

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コメント

HOBOさん。のんびりしてらっしゃいますか~。^^

この意見。全く全く賛成です!
HOBOさんのように、選び抜いたこだわりのものを身近に置くというのでは
ないけれど、私も基本、自分の目に叶うものしか買いません。
流行など一切関係なし。選ぶとき他人の意見など訊いたりしない。
生活スタイルも『わが道を行く』です。

そんな私が、もう20年ほども前。
「ああ、これは、この国の文化の質を変えてしまうな!」と嫌悪して見ていたのが
携帯電話です。その頃は、まだ携帯を持っている人は少数派だった。
一種のステータスのように感じるのか、禁止されているのにバスの中や、
電車に乗り込んですぐなどに、聞えよがしの大声で、通話している人がいた。
車内全体に響き渡るような声で、今自分がどこそこにいるだの、業務連絡をしている。
携帯を手にしているだけで、自分が仕事のできる人間になったような勘違いしてたんでしょう。
私は、基本、人前で自分の私生活や私的な顔を見せるのが嫌いです。
人前でものを立ち食いしたり(お祭りなどの時は別)、人前で化粧を直したり、
鼻をかんだり、トイレに行ったりするのさえ恥ずかしいと思う。
「ああ、いやなものが流行り始めたな」と思った。
自分の私的な会話を、人前で大声でして恥じないということ…これは日本人の
特徴とされる『恥の文化』に全くそぐわないものだ、と直感しました。
その頃はまだ、もっている人は少数派で、だからこそステータスシンボルになり得た。
得意げに大声で車内で通話する人を、大抵の人は顰蹙の目で見ていたと思います。
そうするとますます自分が注目されていると、いい気分になるのか…(笑)。

私は、その頃、携帯の出現が、日本人の心性を変えてしまうだろう、と予感していました。
昔、大宅壮一が、テレビ時代の到来を評して『一億総白痴化』と予言したように。
携帯電話が普及し始めた初期の頃までは、日本人の中には、まだ『恥の文化』が
残っていたと思います。
私的なものを外目には曝さないという、羞恥心と毅然としたところが。
ところが、私のそうしたいやな予感など関係なく、時代の流れは急速に携帯電話の
普及に向かって突っ走っていきました。4,5年前、バスの中で眉をひそめていた
老紳士や婦人も、自分で携帯を持つようになりました…。
『おばあちゃん、今ね、バス。これからスーパー寄って帰るからね」などと話している。

携帯で話をしている時の人間の姿は、すごく無防備です。
そこに集中しているために、自分のまわりが見えなくなっている。
妙齢の女の子が夜の川原の道を携帯で話をしながら歩いている。後から人が近づいても
全くその背中はそれに気づいていません。
回りが見えていない。
この、回りが見えなくなる…本来私的な場を、平気で外に持ち出す…という、
私が惧れていた日本人の大きな心性の変化は、携帯電話だけにとどまりませんでした。
…電車内で化粧する女の子が大量に発生したり、電車内で、平気でいちゃつくカップル
などが出現したのも、この、携帯の普及と時期が重なります…
『恥の文化と言われていた日本人がおおらかになった』…そういう単純なことじゃないと
私は思っていました。
これは、日本人の根本の心性、生きかたを変えてしまうぞ、と。

いつでも誰かと繋がっている…それを確かめずにはいられない心性が身についてしまうということは、
人間本来の『個』を、なくすということです。
『個』でいる時間の大切さ、その豊醸さを、自ら放棄するということです。
人間が『ひとり』の時間に戻って、思索する時間がどれほど大切で豊かなことか…

携帯電話は何も日本だけの文化じゃない。もう世界中でこれなくしてはすべてが回っていかない…
それは確かでしょう。今、私ももう、その流れを否定することはできません…

しかしながら、私の危惧は、日本人の、それでなくとも『周りのいうこと』『考えること』を
気にしやすい気質…それがこのような、『いつでも人と繋がる』道具を手にした時は、
もともと『個の文化』の非常に確立した西欧人が持つ場合とは違って、
相互依存や、他人との横並び化、同調の空気をますます強化していくのではないか、という
そのことにありました。
それも、広く世界に向かって繋がっていく、というのではない…ごく少数の仲間内の『同調』に、です。

時代はさらに進み、今はスマホの時代…。
電車などに乗ると、誰もかれもがそれを手にして覗きこんでいます。
もう、少し前のように親指を神経症的に素早く動かすカシャカシャいうあの音さえない。
今は『フリック』というんですか、『ピンチイン、ピンチアウト』『ドラッグ』などというんですか、
(今回調べて始めてその言い方を知った!笑)皆夢中になって、指を動かしている…
最新の機種では、もう指で触れることさえ必要ない、近づけただけで感知してくれるという…

『同調』の時代さえ過ぎて、今は、逆に『個の時代』に入っていっているような。
おっしゃるように、人が何人か集まっても、スマホをそれぞれに覗きこんでいる…
でも、『豊かな思索の個の時代』ではなく、バーチャルな個人の空間をそれぞれが作り上げて、
当然ながら、その情報は、容易に意図的に操作され得ます。
アメリカの外国高官の電話盗聴から、末は私たちの個人的行動、個人情報に至るまで、
容易に、どこかで誰かに把握され、操作され得る時代になったということです。
人の思考形態、思想志向までが、何者かが行おうとすれば容易に行い得る時代…

日本人という民族は、とりわけ『他力本願』と『ひとまかせ』的傾向の強い人種だと思います。
そんなことわざがどれほど多いことか。『長いものには巻かれろ』『出る杭は打たれる』
『老いては子に従え』『いやなことは水に流す』…等々等々…
つまり、自分の頭で考えるよりは、一人で判断し行動するよりは、大勢に従っていた方が楽、という…
そんな民族がこのような道具に支配される時代……

私はもう諦めています。
時代は止められない…
私など、ガラパゴス携帯でさえ、3.11後、緊急時、娘たちと連絡のためにだけようやく買いました。
でも全然充電してないし、ひとに教えてもいないので、今、どこにあるかさえ把握してない。
きっと、夏のかばんの中にでも無言でひそんでいるのでしょう!(笑)

HOBOさんのように、また私もそうであるように、他人は他人、自分は自分、価値判断は自分でする!
という人は、どんどん少なくなりつつある気がします。
社会の木鐸であるべき新聞社でさえが、今はもう独自の取材をあまりしない。
政治部などは、政府の流す情報をただ国民に伝えるだけの報道機関になり下がっています。
回りが少し『特定秘密保護法って危ないんじゃない?』と言いだせば、慌てて申し訳程度の
記事を載せるだけ。
猪瀬が悪い、となれば、いっせいにバッシング報道です。

そんなお仕着せの報道を、皆がスマホで見て、『ああ、そうなんだ~』と思っているようじゃ、
この国はよくなっていきません。
政治は自分たちで作っていくものです。いい国も自分たちで作れる。
まったくHOBOさんの言う通りなの。
自分のまわりに置くものだって、ひとの情報じゃない、いいものを自分で探して、出会って、
自分でその選択眼を徐々に養っていくことがどんなに楽しいか。

ごめんね。長く書いちゃった。(爆)
彼岸花節がブログ記事で再び炸裂する日も、近いのかなっ?(笑)
いつも、心で応援。ありがとう~~~~~♪
ちゃんと届いていま~す!




  • 2013-12-25│15:05 |
  • 彼岸花さん URL│
  • [edit]
彼岸花さんへ
まったくもってその通りでございます。
彼岸花さん、コメントありがとう。
というか、携帯電話だけの話ではないんですよね。
彼岸花さん、ぼくはいつも思うんですが、日本中、いや、世界中ですね、
売れればそれでいいという考えのモノづくりはいけないと思うんですよ。
ぼくはモノのことを言ってるんじゃないんですね。
ツイッターだとかフエイスブックだとかラインだとか、ひとのつながりを希薄
にするものを次々と考えるひとがいる。それを楽しいととらえる消費者がいる。
そんなものがたくさん詰まったスマホがある。
いまは本が売れない時代だという。しかし、そこにも売れればそれでいいという考え方
の作家がいる。いや、そうじゃないと売れないからより薄っぺらなものを書く。
ドラマだってそう、漫画仕立てのものがヒットし、視聴率さえ上がればいい。
テレビをつければ芸人たちがワガモノガオ。芸人が悪いとは言わないが、芸のできる
芸人はどこにいるのか。すこし売れればいい気になって、言葉の使い方も忘れてしまう。
前途ある若者を利用して、中身の無いオトナたちを利用して、見る目のない主婦やオッサン
たちを利用して、売れればいいという考え方がはびこっているんですよ。

きょう僕は近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら新聞の安倍総理を睨みつけていたら、
マスターが、「キライなんですか?」と訊いてきましたよ。
「好きなんですか?」と訊きかえしたら、「どちらでもないですねえ、民主党が
やってもこれ以上どうにもならないでしょう?」ですって。
「どうにもならないではだめでしょう?」と言ってやりましたよ。
「ホーボーさん、機嫌悪いんですか?」とマスター。
「マスターみたいないいかげんな人を見てるとムカつくんですよ、なんだかんだ
いっても戦争は絶対来ないと思ってませんか?」と訊くと、
「はい、思ってます。」ですって。
「じゃ、津波だってどうなんですか?」
「そ、それは、、、」

彼岸花さん、あきらめてはいけませんよ。
自分たちはこうだ!という生き方をしていきましょう。
見極める目を持たない人たちがほとんんどだ。その人たちを利用してできあがる
世の中は切ないですよ。
彼岸花さん、負けたら駄目ですよ。
だから、ぼくは作品の中で、かろうじて生きていきます。
かろうじてですがね、作品のなかでなら、、、、
自分らしく生きられるんですよ。


HOBO
  • 2013-12-26│18:28 |
  • HOBO URL│
  • [edit]
HOBOさん。
はい。諦めませんとも。 ^^
HOBOさんも、作品の中で、HOBO節、全開してくださいね。
私も、音楽は出来ないし詩も書けないけれど、せめてブログで
彼岸花節、炸裂させましょう…(笑)
年が明けたら、新たな気分で、彼岸花らしい記事もまた書いていきますよ~。
楽しみにしてらしてくださいね~。


  • 2013-12-26│22:10 |
  • 彼岸花さん URL│
  • [edit]
彼岸花さんへ
ありがとう、彼岸花さん、
直線的に表現しなくても、そう感じるような、包み込むようなやさしさを
もって、生きていきたいですね。
炸裂、待ってますよ!


さあ!


HOBO
  • 2013-12-26│22:52 |
  • HOBO URL│
  • [edit]

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Mr.HOBO

Mr.HOBO

ちょっと病気をし
凹んでるとき、
ひょんなことから
1974年製のワーゲンを
手にいれた。
車庫で30年も眠っていた
オレンジ色のワーゲン。
命を吹き込んで
一緒に走ろうと思った。

これは
少年HOBOの
ゆる~い日記だ。

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